先日、生田緑地の深い緑に包まれた「川崎市岡本太郎美術館」を訪れました。住宅分譲という仕事柄、どうしても建物の収まりや環境との調和に目がいってしまいますが、ここは建築と展示内容が見事にシンクロした、貴重な体験ができる場所でした。
自然に溶け込む「半地下」の建築美
まず圧倒されたのは、久米設計による建築の妙です。 通常、シンボリックな美術館は地上にその威容を誇示しがちですが、この美術館は生田緑地の豊かな自然景観を壊さぬよう、建物の大部分を地下に配置した半地下構造を採用しています。
地中に潜り込むようなアプローチは、まるで太郎氏の情熱の根源や、彼が愛した縄文の土俗的なエネルギーへと繋がっていくような感覚を覚えます。地上に顔を出している部分は控えめでありながら、屋外には岡本太郎の母・かの子をモチーフにした高さ30メートルのシンボルタワー「母の塔」が、圧倒的な存在感で空へと突き出しています。この「静かな地下」と「天空へ伸びる塔」の対比は、一見の価値がある素晴らしい設計でした。
「遊び」という名の全存在を賭けた真剣勝負
館内に入ると、太郎氏の情熱的な言葉と作品たちが迎えてくれます。 展示の中で特に印象的だったのが、彼が説く「遊び」の定義です。
「その遊びは全存在をかけて、血を流しながら遊ばなければならない」
太郎氏にとっての遊びは、単なる余暇ではなく「真剣勝負」そのもの。パリで学んだ民族学や哲学を背景に、祭りのエネルギーを「生きることであり死ぬことである」と捉えるその視点は、住宅という「暮らしの舞台」を創る私たちも、ともすれば効率や規格を優先してしまいがちです。しかし、そこに住む方が自分らしく、全身全霊で人生という「遊び」を楽しめるような空間を創造し提案できているだろうか……。展示パネルの一文字一文字が、今の自分に問いかけてくるようでした。
矛盾を受け入れる「対極主義」の豊かさ
展示の中盤で語られていた「対極主義」という考え方にも、建築的なヒントがありました。
「利便性だけでは味気ない、けれどデザインだけでも住みづらい」 住まいづくりにおいて、相反する要素を否定せず、矛盾したまま高次元で調和させる。その「不協和音の美しさ」こそが、住む人の個性を引き出すのかもしれません。
最後に出迎えてくれたのは、文字をアートとして解放した「遊ぶ字」のコーナーでした。 「無心に楽しんで字を書いていると自然と絵になってしまう」という太郎氏。
そこにはルールに縛られない自由な生への喜びが溢れています。 規格化された住宅を供給しがちな私たちですが、そこに住まう家族が自由に「遊び」、人生を謳歌できる余白をいかに残せるか。建築が単なる「箱」ではなく、そこに生きる人のエネルギーを増幅させる「舞台」であってほしいと強く思わされました。
建築とアートが「生きるエネルギー」として一体化したこの場所は、住まいに関わる職業人として、そして一人の人間として、多くのインスピレーションを与えてくれました。 皆さんもぜひ、生田緑地の澄んだ空気とともに、太郎氏の「本気の遊び」に触れてみてください。